「マイバッハ」は、Dの創業者の一人であるゴットリープ・Dの片腕として設計部門を担当し、4輪自動車を完成させたウィルヘルム・マイバッハが、1930年に12気筒エンジンを搭載した超高級サルーンとして発表した伝説上の高級車だ。
各国王室や大富豪向けなどに1931年から10年間に1千8百台を生産したが、第2次世界大戦の勃発とともに1941年に生産を打ち切った。
しかし高級車競争が激しくなるなかで、Dはメルセデスの品種の多様化と低価格帯の販売とともに、Sクラスのメルセデスを上回る高級車が必要と判断し、60年ぶりに復活を決めた。
BMW傘下に入った「ロールス・ロイス」に対抗する超高級車として売りこみに努めている。
勢い失うメルセデスCは復建したが、問題を露呈したのはD・Cの最大の収入源であるメルセデス乗用車部門である。
小型車の拡充にもかかわらず、新車販売台数が前年比1%増の122万台に留まり、営業利益は16億6千6百万ユーロとほぼ半減した。
乗用車部門の責任者は、2004年10月、メルセデス部門の社長に53歳で就任したエッヵード・コルデス。
これまでメルセデスの責任者だったユルゲン・フベルトは、自動車部門を全体的にみる立場に変わった。
コルデスは、経営開発担当取締役だった1998年初めからのDとCの合併交渉に関与し、Y社長の信認が厚かった。
1950年11月にニュームンスターに生まれたコルデスは、ハンブルグ大学に学び、MBAと博士号を取得した後、1976年にD・ベンツに入社した。
1983年にD・ベンツの新商用車部門の生産管理部長となり、メルセデス・ベンツ・ブラジルの経理管理取締役などを経て、1994年、ダィムラー・ベンツの経営計画担当補佐に就任した。
これを機に頭角を現したコルデスは、1995年にはダィムラー・ベンツの経営開発(経営戦略およびM&A担当)担当副社長、1996年に取締役補佐となり、1997年にD・ベンツの取締役となった。
DとCの合併後は経営開発およびIT経営などを担当し、2000年に商用車部門の取締役としてその黒字化に成功したことが評価された。
「メルセデス・ベンツにとって重要なのは、顧客と製品である。
この信念に従って、私は多くの社内の人々や顧客、ディーラー、サプライヤーと話してきた。
その結果、メルセデス・ベンツには素晴らしいプラントと先進的な技術、新しいモデルを鼓舞する力、やる気のある従業員たちがいることに確信を持った」2005年1月自動車業界におけるデビューとなったデトロイトの北米モーターショーでコルデスはこう強調した。
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